参拾六歌仙和歌の解釈

       協力者:I.大和田氏(那珂市菅谷在住)

壱 柿本人麿(古今集)
 立田川 もみじ葉流る 神なびの
    みむろの山に 時雨降るらし
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竜田川はもみじの葉が流れている 神奈備の三室山にしぐれが降っているからであろう
(神奈備:神が居ます所の意の普通名詞が地名になった)

弐 紀貫之(拾遺集)
 桜散る 木の下風は 寒からで
    空に知られぬ 雪ぞ降りける
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春が深くなったと思うけれども、桜の花の散る木のもとは、まだ雪が降っている


参 凡河内躬恒(後撰集)
 いずことも 春の光は わかなくに
    まだ御吉野の 山は雪降る
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どこを照らそう,どこを照らさずにおこうなどと春の光は差別するはずもないのに、ここ芳野の山は春の光もなく雪がまだ降っていることであるよ

四 伊勢(古今集)
 三輪の山 如何に待ちみん 年ふとも
    尋ぬる人も 在らじと思えば
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三輪山は神が「待つ」と申しますが、わたくしはいったいどのようにお待ちしてお逢いすることになるのでしょうか 年月が経っても訪ねて来てくださる方なんていらっしやらないだろうと思いますので


五 中納言家持(万葉集)
 春の野に あさるきぎすの 妻恋に
    己がありかを 人に知れつつ
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春の野で餌をあさっている雉(キジ)が、妻を慕って、自分のありかを人に知られながら鳴いていることだ

六 山部赤人(万葉集)
 和歌の浦に 潮満ちくれば 潟を波
    葦辺をさして 田鶴鳴き渡る
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和歌の浦に潮が満ちて来ると、干潟がないので、葦の生えているあたりをさして、鶴が鳴き渡ることだ


七 在原業平(古今集)
 世の中に 絶えて桜の 無かりせば
    春の心は のどけからまし
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もしこの世の中に全く桜がないとするならば、春の心は、まことにのどかでありましょう

八 僧正偏昭(後撰集)
 たらちねは かかれとてしも むば玉の
    我が黒髪を 撫でずや有けむ
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我が母は、このように髪を剃るようにと願って、私の黒髪を撫ではしなかっただろうに


九 猿丸太夫(古今集)
 おちこちの たづきも知らぬ 山中に
    おぼつかなくも 呼ぶ小鳥かな
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あちら、こちら、どこを見ても見当もつかない山の中で、心もとなさそうに鳴いている子鳥よ

拾 紀友則(拾遺集)
  夕ざれば 佐保の川原の 川霧に
    友惑わせる 千鳥鳴くなり
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夕方になって、佐保の川原の川霧にまぎれて、友とはぐれてしまった千鳥が鳴いていることだ


拾壱 素性法師(古今集)
 見渡せば 柳桜を こき交ぜて
    都ぞ春の 錦なりける
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はるかに見わたすと、緑の柳と桜の花とが、混じり合って、都こそが「春の錦」の織り物なのだ

拾弐 小野小町(古今集)
 わびるれば 身を浮き草の 根をたえて
    誘う水有らば いなむとぞ思う
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侘び暮らしているわが身をつらく思っているので、浮草の根が切れて誘い流す水があれば流れ去るように、誘って下さる方があるなら都を去って行こうとそう思っています


拾参 中納言兼輔(後撰集)
 短か夜の 更け行くままに 高砂の
    峰の松風 吹くかとぞ聞く
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短い夏の夜が更けてゆくにつれて、中国の誌に言うように、峰の松風が吹いているのではないかと、この琴の音を聞いてしまいますよ

拾四 中納言朝忠(拾遺集)
 逢う事の 絶えてしなくば なかなかに
    人をも身をも 恨みざらまし
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逢うということが全く期待できないのならば、すっかり諦めてしまって、かえって相手の無情さも自分の不運さも恨むことはあるまいものを


拾五 藤原敦忠(後撰集)
 伊勢の海 ちひろの浜に 拾うとも
    今は何てふ 貝が有るべき
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 伊勢の海まで行って広い浜で貝を拾ったとしても、今となっては、どのような貝があるでしょうか(執心していた雅子内親王が)伊勢の斎宮になられた今は、どのように求めても、何のかいもなく、空しいことです

拾六 藤原高光(拾遺集)
 かくばかり 得難く見ゆる 世の中に
    羨ましくも すめる月かな
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これほど過ごしがたく見える世の中に、羨ましいことに住み留まって、澄み切って輝いている月だよ


拾七 源公忠(拾遺集)
 行くやらで 山路暮らしつ ほととぎす
    今一声の 聞かま欲しさに
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そのまま先に行くことができないで、山道で日を暮らしてしまった時鳥のもう一声が聞きたいばかりに

拾八 壬生忠岑(拾遺集)
 子の日する 野辺に小松の 無かりせば
    千代のためしに 何をひかまし
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もし子の日の遊びをする野辺に根引きする小松がなかったならば、千代の長寿にあやかる例として、いったい何を引いたらよいのだろうか


拾九 斎宮女御(拾遺集)
 琴の音に 嶺の松風 通うらし
    いづれのおより 調べ染めけん
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琴の音に、峰の松風の音が似通っているように聞こえる いりたいあの松風は、どの山の尾、つまり琴の緒から、美しい音を奏で出しているのだろうか

弐拾 大中臣頼基朝臣(拾遺集)
 一節に 千世をこめたる 杖なれば
    突くともつきじ 君が齢は
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一節ごとに千代の寿命をこめた、この竹の杖だからどれほど杖を突こうが、尽きようとしても尽きることはあるまい、我が君の寿命は


弐拾壱 藤原敏行朝臣(古今集)
 秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども
    風の音にぞ 驚かれぬる
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秋が来たと、目にははっきり見えないけれど、風の音ではっと気づいた

弐拾弐 源重之(詞花集)
 風をいたみ 岩打つ波の おのれのみ
    砕けて物を 想うころかな
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風が激しいので、岩を打つ波が砕けるように、自分だけが心を千々にくだいて物思いをするこのごろだ
As flogged by tempests
A wave I have seen
Dash itself against the rocks
So in these bitter hours myself only
Am by my thoughts destroyed.        


弐拾参 源宗干朝臣(古今集)
 常葉なる 松の緑も 春来れば
    今ひとしおの 色優りけり
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永遠に変わらない松の緑も、春が来れば、もう一段染め上げたように色が深くなることだ

弐拾四 源信明朝臣(後撰集)
 あたら夜の 月と花とを 同じくは
    心知れらむ 人に見せばや
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もったいないこの夜の月と花とを、同じことなら、私よりももっと情緒を解するするような人に見せたいものだよ


弐拾五 藤原清正(新古今集)
 天つ風 ふけいの浦に 居る田鶴の
    かどか雲居に 帰らざるべき
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大空を風が吹くではないが、ふけいの浦に居る鶴がどうして風に乗じて大空に飛び帰らないはずがあろう(再び昇殿を許されないことがあろうか)

   弐拾六 源順(拾遺集)
 水の面に 照る月並みを 数うれば
    今宵ぞ秋の 最中なりける
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小波が立つ他の水面に照り映っている月を見て、月日の数をかぞえてみれば、今宵は秋の最中の八月十五夜であったよ


弐拾七 藤原興風(古今集)
 契りけん 心ぞ辛き 七夕の
    年にひとたび 逢うは逢うかは
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一年に一度だけ逢おうと契った心は互いに無情なことだ 七夕の、年に一度だけ逢うということは、本当に逢うことになろうか

弐拾八 清原元輔(拾遺集)
 音無しの 川とぞついに 流れいづる
    言わで物思う 人の涙は
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音無の川となって、とうとう流れてしまった ロに出すことなく恋の物思いをしている人の涙は


弐拾九 坂上是則(古今集)
 みよし野の 山と白雪 積もるらし
    古里寒く なり優るなり
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古野の山の白雪が降り積もっているらしい この奈良の古い都は寒さがひとしおつのっている

参拾 藤原元真(新古今集)
 夏草は 繁りにけりな 玉ぼこの
    道行く人を 結ぶばかりに
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夏草はすっかり茂ったな 道ゆく人も道しるべとして結ぶほどにも


参拾壱 三条院女蔵人左近(拾遺集)
 岩橋の 夜の契りも 絶えぬべし
    明くる侘びしき 葛城の神
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久米路の岩橋の工事が中途半端のまま終わったように、夜に交わした二人の愛情も、きっと途中で絶えてしまうことだろう 夜が明けるのがつらいことだ、葛城の神のような、醜い私だから

参拾弐 藤原仲文(拾遺集)
 有明の 月の光を 待つ程に
    我が夜のいたく 更けにけるかな
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有明の月の出るのよ待っている間に、夜がたいそう更けてしまったことだ一東宮の恩寵により我が身が栄達することを期待して待っている間に、すっかり年老いてしまったことだ


参拾参 大中臣能宣朝臣(拾遺集)
 千歳まで 限れる松も 今日よりは
    君に惹かれて 万代やへむ
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千歳までと寿命が限られている松も、今日からは、貴君の寿命にあやかって、万代までも生き長らえることになるのだろうか

参拾四 壬生忠見(拾遺集)
 恋棄てふ 我が名はまだき 立ちにけり
    人知れず 想いそめしか
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恋をしているという私の浮名は、早くももう立ってしまったことだ 誰にも知られないように、心中ひそかに恋しはじめたばかりであったのに


参拾五 平兼盛(拾遺集)
 暮れて行く 秋の形見に 置く物は
    我が元結いの 霜にぞ有りける
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暮れて去って行く秋が,形身として残して置くものは、私の元結の霜、すなわち白髪であった


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参拾六 中務(後撰集)
 秋風の 吹くにつけても 問わぬかな
    萩の葉ならば 音はしてまし
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秋風が吹くのに託してでもおたよりはいただけないのですね もし私が荻の葉であれば、秋風を受けて葉擦れの音ぐらいは立てましたでしょうに、すぐお返事しましたでしょうに